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毛利元就の墓

毛利元就の墓

南北朝時代に毛利時親が築城した吉田郡山城。この城は毛利元就の頃、郡山全体を一大城郭として隆盛を誇った。現在は、その跡地に元就の墓を中心に毛利家代々の墓が並ぶ。注目は墓の前にある石碑。人柱の代わりとして埋められた石碑には、「百万一心」と刻まれているが、「一日一力一心」と読むといわれる。城を固めるには一致団結することが重要であると諭す、元就の家訓である。

地頭として頭角をあらわし、苦心しながら10ヶ国の太守となった毛利氏の出所の地、吉田。町の背後にある小高い山に郡山城跡と元就の墓所がある。少し北にある三次は4つの川が合流し、1つの江川になって流れ出す町で、船運で栄えた。石見銀山を瀬戸内海に運ぶ中継点でもあった。大量の古墳群があったことで知られ、4世紀から6世紀にかけて安芸の国の北の方で何が起きていたのか興味深い。三次は朝霧のかかる町としてもよく知られていて、よいブドウがとれワインがうまい。春、江川を見下ろす尾関山の桜は燃え上がるような美しさで、夏の鵜飼の玄妙さと並び賞されている。

  • ジャンル:
  • 住所:広島県安芸高田市吉田町山部
  • 電話番号:0826-47-4024
  • 営業時間:
    オススメの時間:
  • 定休日:
  • 料金:
  • 駐車所:あり